うつりゆくもの 変わりゆくもの 石元泰博の世界15

《東京 街》 1963-70年 ©高知県,石元泰博フォトセンター

“成り行き”と“とことん”

2度目のシカゴ滞在から日本に帰ってきた石元は、東京綜合写真専門学校や、東京造形大学などの教壇にたつ傍ら、シカゴ時代と同様に、自分の生活範囲の東京や藤沢あたりをひたすら歩き回り、人々の日常に目を向けた写真を撮っている。特別なドラマや劇的な一瞬はないが、変わりない風景の中にも、ちょっとした変化が瞬間登場する。この作品もそんな出会いの一枚だろう。

石元は、注文してポーズをとってもらうことを好まない。自然にまかせて待っていると、想像を超えたすばらしい場面が偶然に目の前にやってくるからだ。「何かを指示するということは自分の限界が見えているわけで、自然にまかせていると、偶然に自分の能力以上のものをもらえるからその方が得なのだよ」。その成り行きを逃さない勘の良さと感性が、石元の東京風景には感じ取られる。それともう一つ、石元の中に刻み込まれたニュー・バウハウスで徹底的に鍛えられたカリキュラムの足跡である。

この作品を見たときに、紙に鉛筆で点を打ったり、線で結んだりするというニュー・バウハウスのとある授業の話を思い出した。たとえ線で結んでいなくても、点と点の間は引き合っていて、その距離に比例してその引き合う力の強弱を発見するというもの。この作品は、さまざまな方向に引き合う直線の組み合わせで、画面の中に磁場が生まれている。試しに女の子や犬の力の方向、おじさんの視線の方向など、力の行き先に沿って気付く限りに矢印を書いてみると、さまざまな方向に力が絡み合っていることが良く分かるだろう。もちろん道路標識の矢印も。勝手気ままに走る犬を必死で引っ張ろうとする女の子と、のんびりと通り過ぎようとするおじさんとのほのぼのとした日常の一こまは、点と点が結ぶ引力と、外へ伸びていくパワーの緊張感により、巧みに構成されているのである。

この写真を撮ったころ、ある地方のアマチュアカメラマンたちに撮影指導した石元は、彼らに次のようなメッセージとアドバイスを送っている。「私たちは被写体を探すとき、とかく目の前のものを素通りしてしまう。もう一度あたり前だと思う身近なところに目を向けてもらいたい。そこにはいくらでも撮るべきものがあるはずで、そこからその人のもの、その土地のものという特徴が生まれてくるような気がする」「カメラであれば、レンズ、シャッター、絞りなどその一つ一つに問題を絞り、そのメカニズムから生まれる可能性をとことんまで追求してみること」(『アサヒカメラ』、1965年)。

日常にアンテナをはり、自然の成り行きと、とことん物事を追求することを大切にする、それが石元の撮影スタイルなのである。

(掲載日:2006年6月6日)

影山千夏(高知県立美術館学芸課チーフ兼石元泰博フォトセンター長代理)