うつりゆくもの 変わりゆくもの 石元泰博の世界9

《シカゴ 街》1960年頃  ©高知県,石元泰博フォトセンター

作品の中の暗号

二人の男を中心に、群衆がかたずをのんで一点を見守っている。ここには、今まさに何かがおきようとしている緊張感が感じられる。そして、中心にどしりと立つ太い柱が、その緊張感を上方へと引き上げている。いったい彼らは何を見ているのだろうか。そのヒントがこの柱に記されている。お分かりだろうか。9という数字、ナイン、つまり、彼らは野球を観戦しているのである。

ここは、シカゴの野球場である。柱の番号は、スタジアム観客席のブロックを示しており、1番から順に記されている。石元は、あえて9のブロックをまるで暗号のように選んでいるが、それと同時にこの9という白い文字を頂点に、両脇の男性の白いシャツを結ぶ三角形の構図がうまい具合につくられており、画面の緊張感の中にさりげないユーモアを封じ込めた巧みな一点となっている。

全作品を高知県に寄贈した功績により、石元に今年二つの賞(章)が授与された。一つは紺綬褒章、そしてもう一つは高知県文化賞である。先月(2005年11月)、文化賞授与式出席のためご夫妻が来高され、本コーナー担当の高知新聞社の方々と、歓談する機会があり、楽しいひとときを同席させていただいた。シカゴ・ホワイトソックスの優勝の直後でもあり、この作品についても話題が及び、シカゴの人々の野球への熱狂ぶりなどについて、愉快な逸話なども伺うことができた。

ところで、美術館に作品が収蔵される際には、その手続きとして、収集審査会なるものが開催される。この美術館に相応しい作品であるか、価格は適正であるかなど、美術専門の有識者の方々が審議する。石元の作品寄贈については、昨年の審議の結果、満場一致で承認された。

今年も、先日その会が開催され、新たに美術館に運び込まれた石元作品を見ていただいた。どの委員にも寄贈されたことをうらやましがられ、収蔵にあたっての整理が落ち着いたころには、他館への貸し出しも積極的に行ってほしいと頼まれた。作品を展示公開し、石元という国際的に評価された写真家の素晴らしさを県民に伝えていくことが、この貴重な作品を託れた美術館としての使命である、と重いお言葉も頂戴した。

12月21日から高知県立美術館コレクション展で、前後期合わせて約200点の石元作品を展示する(「フォトグラファー・石元泰博の世界」展、2005年)。石元の作品は、プリントの美しさも魅力のひとつである。印刷では味わえないその美しいプリントの質感をぜひご覧いただきたい。

(掲載日:2005年12月6日)

影山千夏(高知県立美術館主任学芸員/石元泰博フォトセンター)