うつりゆくもの 変わりゆくもの 石元泰博の世界8

《シカゴ 街》1959-61年 ©高知県,石元泰博フォトセンター
《シカゴ 街》1959-61年 ©高知県,石元泰博フォトセンター

シカゴの光と影

先月(10月)末は、石元夫妻の結婚記念日だった。1954年に結婚されたということだから、昨年(2004年)、金婚式を迎えられたことになる。お二人の仲人役は、華道家の勅使河原蒼風と建築家の丹下健三。石元もその創設メンバーであった「日本デザインコミッティー」の面々の主催により東京・国際文化会館で披露パーティーが行われた。

プライベート写真の中に二人の披露宴での姿があった。石元氏はスーツ姿、奥様はドレスで、着物姿ではない。親しい仲間たちに囲まれた、パーティースタイルが今では定番となっているが、50年前にも今のような、質素でアットホームな披露宴が行われていたようである。

1958年から61年までの二度目のシカゴ暮らしは奥様同伴。ミノルタから年300ドルの助成をもらって、集中してシカゴの街を撮った。これは、そんなころの写真である。航空写真かと思うくらいの高い位置からとらえたシカゴはミシガンアベニューの風景である。通りに降り注ぐ光と、濃い影が印象的な一枚である。光は神々しく、街全体を包む包容力のある視点を感じる。

手前右手にはゴシック様式の「シカゴ・トリビューン」紙のビル、通りを挟んで左手には、チューインガムメーカー「リグリー」のルネサンス様式のビルがあるミシガンアベニュー。この通りを横切るように流れるシカゴリバーの対岸の高いビルから撮った一枚。石元は、このアングルと光を狙っていたわけではなく、たまたま何か別の用件でこのビルに上がっていた時、この風景に出合ったそうである。

通りを押しつぶそうかというくらいの重厚なビル郡の隙間に差し込む太陽の光がまず目に飛び込むが、良く見るとスポットライトを受けたかのように、2ケ所明るくなった部分がある。ここは、交差点があり光の抜け道が出来るため、光に膨らみができ、このような状態になるようである。

石造りの建物のせいか、シカゴは特に黒い影になるのだという。そういえば、シカゴが舞台になった映画は、やけに黒っぽい映像だったなという印象がある。深い谷底を作るビルの高さと建材とストリートの幅。そして通りに真っすぐに光が差し込む瞬間。そのどれもがずれてしまうと、このような象徴的な光を孕んだ一枚を撮ることはできないだろう。この光はシカゴという街が作る光であり、そして50年前のシカゴが撮らせた一枚である。

近代建築のメッカといわれるシカゴの街づくりは、まるで光による演出まで計算されていたかのようである。しかし、その美しさの中に、近代化が進む巨大建築の狭間で、押しつぶされそうになりながら暮らすちっぽけな人間や、アメリカの車社会を象徴するような自動車の流れがある。この人々を包み、煌々(こうこう)と輝く光のミシガンアベニューの先に、石元は何を見たのだろうか。

(掲載日:2005年11月1日)

影山千夏(高知県立美術館主任学芸員/石元泰博フォトセンター)