うつりゆくもの 変わりゆくもの 石元泰博の世界7

《シカゴ ハロウィン》1959-61年 ©高知県,石元泰博フォトセンター
《シカゴ ハロウィン》1959-61年 ©高知県,石元泰博フォトセンター

ハロウィンの子ども

前回紹介した少女の写真は、公園で遊んでいる子供を撮ったものだったが、少女は木に縛られていて、虐待を受けているように感じられた方も多かったようである。子どもは時に非情で残酷なものである。あの子どもたちは、捕まえられたヒロインを果敢に救い出す、というような遊びでもしていたのだろう。子どもの遊びも時代とともに(勿論国によっても)違ってくるのだが、石元が子どものころは、ハゼの木を刀に見立てて、チャンバラごっこをしたそうである。切り付けたあとが、かぶれて赤くなるので、それは妙にリアルな切りあととなるのである。

ところで、アメリカの子どもたちの楽しみの一つにハロウィンがある。ハロウィンは、キリスト教の万聖節の前夜祭の行事である。万聖節とは、死者が帰ってくる日で、日本のお盆に当たるようである。ハロウィンの日には、お化けの仮装をした子どもたちが、「お菓子をくれないといたずらするぞー」と言いながら、家々を回ってお菓子をもらう。早々に閉店している店などは、お菓子をもらえなかった子どもたちに、ひどい落書きをされていたりするのだが、この日は神様が子どもたちのいたずらを許してくれる日で、大人たちも咎めたりしない。

思い思いの仮装をし、くりぬいたかぼちゃをかぶり、手にはお菓子を入れてもらう大きな紙袋を持って、賑やかに通りを歩く子どもたち。このハロウィンの子どもたちを捉えたシリーズも石元の代表作として知られている。

石元は、学生時代の40年代末と、2度目のシカゴ滞在の50年代末に、ハロウィンの子どもたちを撮っているが、この二つには明らかに違うところがある。2度目の「ハロウィン」では、画面いっぱいにクローズアップされた子どもたちの顔が写されている。それまでのカメラでは、1メートルも近づければいい方だったが、一眼レフカメラの開発により至近距離で撮影できるようになったためである。

また、ハロウィンは夕方ごろから子どもたちが町をウロウロし始めるので、薄暗い中での撮影となる。元気に活動する子どもたちを夕暮れに遠くから望遠で狙っても、どうしてもブレてしまうため、この写真は子どもを間近で撮ったものであることが分かる。このシリーズの写真を見ていると、ファインダーを覗く石元の前に、次から次へと子どもたちが迫ってきているような、賑やかで高揚とした感じが伝わってくるのである。

「アメリカの大都市では、どこでも黒人がふえているという。シカゴ市もその例に漏れず黒人の姿が多い。そして、その沈んだ表情に、私はいつも気持ちがひっかかるのである。そんな時、ひとりのこどもが顔を真っ白に塗って私の前に現れた。こどもの表情がクローズアップされてせまった。」1962年アサヒカメラ1月号掲載のこの作品に、石元が寄せた一文である。

(掲載日:2005年10月4日)

影山千夏(高知県立美術館主任学芸員/石元泰博フォトセンター)