うつりゆくもの 変わりゆくもの 石元泰博の世界23

伊勢神宮

一昨年、ある研修で知り合った伊勢・神宮美術館の方が「遷宮の行事で忙しくて」と、言っていた。「あれ、もう遷宮の年?」と思ったら、やはり次の式年遷宮は平成二十五年だった。まだ先の話ではあるが、遷宮までに実に三十にも及ぶ行事が行われるそうで、遷宮に向けてすでに動きだしているのである。

伊勢神宮は、20年ごとにまったく同じ形で建て直される。平成二十五年は第六十二回目となる。約1300年もこの行為を繰り返されているのである。何だかもったいないことだと思っていたが、建て替えられた後の古い建築材は、神宮内の他の社殿や施設に使用したり、日本各地の神社に譲り渡されたりして、再利用されるようである。

式年遷宮のシステムは、第一に社殿の清浄さを保つためであるが、建築技術や伝統工芸の伝承などの意味があるとされる。これがもし、100年ごとに建て替えられるとしたら、遷宮に臨む人々は文献を頼るしかないのだが、20年というスパンであれば、人から人へとその技術を直接伝えていくことができる。

石元が写真の技術を身に付けて、初めて日本に帰ってきたのが1953年。ちょうどこの年は伊勢神宮の式年遷宮の年であった。この遷宮では、渡辺義雄が初めて、それまで禁忌の場所としてベールに包まれていた本殿の撮影を行っている。それから40年を経た1993年。これまでに、桂離宮に二度挑み、曼陀羅で真の仏を見た石元は、ついに伊勢に挑むこととなったのである。この時撮影を許されたのは、石元や渡辺を含めて写真家や映像のチーム5組であった。

ようやく撮影を許されたものの、神様が入られてからは撮影できないし、数々の式典で過密スケジュールの伊勢の都合に当然合わせなければならない。撮影日は、わずか外宮3日内宮3日。しかも毎日朝9時に白衣をまとってお祓いを受け、中に入れるのが10時頃。昼休みは1時間で、午後は4時までと決められている。許可を受けた撮影者が一斉に入るわけだから、譲り合いながらの撮影となる。台風の直後であったため天候は安定せず、激しく雲が流れていく中、太陽が出た時に必死の撮影となるので、じっくりと光の選択もできない。すでに二度伊勢を経験している渡辺はとてもゆったりと撮影していたのだが(石元にはそう見えたらしい)、どうやら石元は鬼の形相で撮影していたらしい。

激しい撮影の日々の成果は、一冊の立派な写真集として出版され、私たちは晴れやかな伊勢神宮を間近に見ることができる。そこからは、桂離宮の落ち着いてしっとりとした感じとは違い、「御正殿は建てられた時が一番美しい」といわれる伊勢神宮の、はつらつとした神々しさを感じることができる。「伊勢神宮は草屋根のちょっとした曲線や、真新しい大きな丸柱のふくよかさが人間の肌のようで、造形的には桂離宮と似ているものの、桂よりも生(なま)なものがあるような気がした」と言う。石元の写した真新しい伊勢神宮はなんとも艶っぽく、桧の瑞々しい肌合いを感じさせるのである。

(掲載日:2007年2月6日)

影山千夏(元高知県立美術館学芸課チーフ兼石元泰博フォトセンター長代理)


《水》1998年 ©高知県,石元泰博フォトセンター

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